New Eyes 2012
となりのひと Art about our neighbor
「Zip Us Up in となりのひと」
会期 2012年6月2日(土)~8月26日(日)
会場:本郷新記念札幌彫刻美術館



約2ヶ月間開催された、本郷新記念札幌彫刻美術館の新シリーズ企画展「New eyes 2012 となりのひと」で発表しました。この展覧会は東北大震災によって人と人の結びつきがより強く意識されるようになった状況から企画されたグループ展です。”New eyes”とあるとおり、主に若手を中心とした現代美術作家5人が出展しています。それぞれの考える「となりのひと」は家族などの身近な人、また、社会という俯瞰的な視線で「隣人」を感じさせるものがあり、表現手法も彫刻、平面、映像作品など多様でした。
 門馬ギャラリーで開催した「まぼろしのいえ」のテーマ性と共通する部分で、モノ至上主義に対する根本的な疑問がありました。また、「となりのひと」そのものを表現するのではなく、人と人を結びつける物事や、関係性を示してその輪郭をとらえようと考えました。衣食住のように生活に必須のもの、既存のなにげない素材や、行為を通して、言語化できない隣人に対する思いや感覚を顕在化するような仕組みを構想し始めました。

「はかなさ」について
アーティストが、ある作品を生み出す際には、基本的には素材や道具が必要です。例えば、絵画にはキャンバスやパネルなどの支持体が必要なように、まずは媒体を選定することからはじめます。制作には素材との対話や、道具の繰り返しの使用を通して得られた技術、経験を培う側面があり、独自の筆致や、色感など個性が自然にあらわれてきます。それは逆に言えば、個人の歴史とも言える身体性を抱えることに他なりません。その身体性が作品のオリジナリティや強度を生み出す一要因と考えられます。しかし、今回表現したいのは移り変わる社会の中で、定義の難しい「ちかくてとおい」、「となりのひと」という抽象性をもった概念です。共通感覚を生み出すため、なるべく作者としての私自身の個(身体性)の要素を排し、この会期が終われば消えてなくなってしまう類のもの、けれどもそこでしか体験できない価値を含んだ「はかなさ」を表現したいと考えました。

「なにげなさ」について
 隣人と居酒屋で食事をする機会があり、最後に会計を済ませ店を出ようとした時に、重ね着をしていた二枚の服のフロントジッパーをかけ違えました。私は当初、ジッパーが他のものとつながるとは思っていませんでした。それは、鍵のように特定の組み合わせでしか機能しないものだと思いこんでいたのです。その時、この「なにげなさ」に可能性を感じました。このような、私たちの無意識下のあるような既成概念の枠を取り払うきっかけや気づきは、ほんの些細な偶然の産物であり、一方で、ジッパーによって「となりのひと」が連鎖的にどこまでもつながっていき、国境や宗教的信条などあらゆるシステムの壁を超えていくダイナミックな可能性を想像した時、その振れ幅をもって作品のイメージが湧いてきました。アーティストが偶然を必然とするとき、「となりのひと」というテーマに近づくことができるのだと思えたのです。下図が、その日のうちに書き留めたドローイングです。

プロジェクトの進め方
まず、「となりのひと」とつながっていく起点を私に設定し、持っている服でフロントジッパーの使用が一番多かったのがYKK5号の金属製であり、偶然、最初につながったものと同じ型でした。服の種類はジャケットやブルゾン、パーカーなど種類は様々でした。集める数を設定すると、目的的になり、可能性を損なうと考えられたので、目標値はあえて設けませんでした。プロジェクトの趣旨、ジッパーの説明を加えたプロジェクトの参加呼びかけのチラシを作成しました。

参加アプリケーションはこちらを参照


ジッパーは人とつながったり、つながらなかったりします。
わたしたちにとって、他者とは、赤の他人であり、
同時に、愛する人であり、時に自己の鏡です。
そして、世界が大きな力で揺さぶられた時、
つながり、お互いに強い支えとなります。
私は、そのような意味で、他者にとって、
良き隣人であることを望みます。
世界をジップアップしませんか?

 このステートメントを元に、美術館HPへの掲載と、自身でプロジェクトのWEBページを立ち上げるのと並行して、近しい人物から順に呼びかけ無償で服を借り受けます。参加者には会場の入場が無料となり、オリジナルのバッヂが提供される特典をつけました。日常的な活動の中で服を持ち歩き、出会いつながった人と写真を撮り、「となりのひと」や服にまつわるエピソードと合わせてドキュメンテーションし、映像やSNSで流します。つながった人から、また知人を紹介してもらい、すこしずつ範囲を広げ、最終的には実際に会ったことのないSNS上の知人にも呼びかけました。

ウェブでの告知はこちらを参照

特設ウェブサイト http://www.tetsushitomita.com/zip/ 









会期中の場の展開
美術館はもともと様々な作品を展示するためのフラットな場所であるため、まず自分が活動し、プロセスを見せるための場を作ることから始めました。イメージは、ビジネスホテルのような簡易的な場所です。机、椅子、照明など、なるべく美術館の備品など、意味を持たない日常的なものを選びました。天井にはワイヤーを張り、服を吊り、ジッパーでつなげていくことをライフワークとしました。服は人とのつながりを視覚化しながら、日ごとに増えていきます。空間そのものが、鑑賞するためだけの展示ではなく、時に鑑賞者と対話するスペースとなり、制作をするためのスタジオになるようインタラクティブ性を持たせました。最後の一ヶ月は、消えてなくなってしまうことを予期させる、引っ越しを待つ部屋のように、ジッパーでつながった服以外は全て撤去しました。







「とりつな会」で体験する「たどたどしさ」
プロジェクトを進める中で、「とりつな会」(とりあえずつながってみよう会の略)を三度開催しました。服の所有者に集まってもらい、知らない人同士でもとりあえずジッパーでつながってみようという会です。最終日の「とりつな会」は、プロジェクトのドキュメント映像上映も行いました。会の目的は、美術館に足を運んでもらうことと、写真を撮影などのドキュメンテーションにありますが、もう一つは参加者同士のコミュニケーションにあります。ジッパーをつなげる際には、未知の人と半ば強制的に対話が発生します。同規格でも金属の種類によってジッパーはつながりづらいものがあり、すんなりつながったとしても、つながったまま動こうとすると、お互いに同調しなければなりません。そこには、ある種の「たどたどしさ」が生まれます。「となりのひと」とつながっているのは、前述の「なにげない」偶然性に加え、インターネットのような仮想空間上、つまり、匿名性やペルソナ性の強い環境下で、同じ感性や趣味を持つ人と交わす選択的なコミュニケーションとは違い、ある種生々しい言葉や身振りの積み重ねである「たどたどしい」コミュニケーションにあるのではないかと思うのです。

とりつな会開催の案内チラシ


映像は音声があります。ご注意ください。



アウトリーチ開いていくアート指向
会期中に札幌の中心部紀伊国屋の1Fホールででトークイベントを開催しました。「となりのひとの話」と題して、社会的批評的なテーマでストレートな作品を制作する彫刻家の野又氏と、ステートメント、自作についての解説から、展覧会のテーマである「となりのひと」に関する話をしました。アートの持つ社会性について十分に言及することはできませんでしたが、対話やその場での体験を通して場を有機的に作り上げていく私なりの手法を伝えることができたのではないかと思います。また、開かれたアートのあり方を示唆したい思いから近隣の三角山小学校で「Zip Up Dash」というワークショップを開催し、展示会場でのトークも行いました。アウトリーチとして美術館やコミュニティとの連携が実現できたことは、私にとって有意義な体験となりました。

トークの告知チラシ

ワークショップの案内チラシ

展示を終えて
「となりのひと」は会期を終えましたが、ZIP US UP PROJECTは続いていきます。
プロジェクトに完成はありません。作品は人の記憶にこそ宿るものであり、変化していくものだと考えるからです。そのような意味で、「となりのひと」とは、「なにげなく」、「たどたどしく」、「はかなく」、「私」を記憶にとどめていく人なのかも知れません。
 私たちを取り巻く環境はものすごい勢いで移り変わっていきます。インターネットや携帯電話の浸透に伴いコミュニケーションがその質を変えつつあり、人もそれにつられて便利ではあるが、多少依存し、アディクトしているように感じます。けれどもそれは、利己的に人を情報として扱うことに慣れてしまったことから生じる錯覚のようなものではないでしょうか?私たちが住む世界は確かな手応えとともにここにあるからです。ハイコンテクスト文化の日本において、人と人の対話は繊細で豊かなグラデーションを持っています。しかし、現代美術は未だに工芸的な完成度を偏重している側面があります。場を共有した体験そのもの、再現不可能な無形のものを価値付けることは非常に難しいことです。けれども、関係性の中に美を見出すアートこそ、時代や人によりそい、「いま、ここ」を鮮やかに切り取ることができると考えます。


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